店の告知、メニューの変遷、施工例、ブログ。商売の記録を、SNSや予約サイトやブログサービスの上にだけ置いている人は多いはずです。その置き場所が消えるとどうなるかについて、カナダの雑誌 The Walrus が考えさせられる記事を出していました。AIとウェブの関係の話ですが、行き着く先は小さい商売の記録の話です。
起きていること。サイトは閉鎖ではなく「削除」される
記事が挙げる例のひとつが、米国の政治分析サイト FiveThirtyEight です。選挙予測で一時代を築いたこのサイトは、2025年3月に親会社が閉鎖し、記事によれば過去記事のアーカイブもほぼ消えました。更新が止まったサイトが残り続けるのではなく、過去の記事ごと消える。理由として引かれているのは「アクティブな資産でなくなった」からです。
同じ記事は、Wikipedia への検索流入の減少や、ウェブの過去を保存してきた Internet Archive がサイバー攻撃・訴訟・クローラーのブロック拡大にさらされている状況も並べています。保存する側の体力が、同時に削られています。
なぜ消えるのか。悪意ではなく損益計算
因果の鎖はこうです。検索やチャットのAIが、ページの内容を吸い上げて答えを直接表示する。利用者は元のページを開かなくなる。流入が減れば広告収益が消える。収益を生まないアーカイブは、企業の帳簿では維持費だけの「非アクティブ資産」になる。だから消される。
この鎖のどこにも悪意がありません。AIは便利さを提供し、利用者は時間を節約し、企業は損益で判断する。それぞれが合理的に動いた合計として、記録が消えます。悪意が原因なら対抗できますが、損益計算が原因のものは、抗議では止まりません。
消えたことに、誰も気づかない
記事がいちばん力を込めているのはここです。本が焼かれるときには、焼く人間と燃える本が見えます。デジタルの削除には、それがありません。リンクが静かに切れ、そのページが存在したことすら、誰も気づかなくなる。記事は、米国議会図書館のサイトから合衆国憲法のページが一時消えていた例(原因はコーディングエラー)まで挙げています。意図の有無にかかわらず、消え方は同じです。
記事の後半はカナダの国家戦略の提案(検索の公共インフラ化、フランスの Qwant 採用の例)に進みますが、国の話は国に任せるとして、ここからは自分の手が届く範囲の話をします。
小さい商売が取れる対策
商売の記録について、消える判断を誰が握っているかで考えると、やることは3つです。
- 正本を自分のドメインに置く — SNS・予約サイト・地図サービスのページは、集客の配布チャネルであって保管庫ではない。あれらの存続と仕様変更は、向こうの損益で決まる。店の歴史・実績・告知の正本は、自分が契約しているドメインとサーバーに置き、他は転載にする
- 持ち出せる形式で残す — 正本を自分のドメインに置いても、CMSやブログサービスが専用形式でしか出力できないなら、引っ越せない。定期的にエクスポートできるか、契約前に確認する。私はこのブログの記事を、いつでもファイルに書き出せる状態にしています
- リンクの寿命を前提にする — 出典としてリンクした先も消えます。大事な引用は、リンクだけで済ませず、必要な一節を自分の記事の中に書き写しておく
「ウェブに載せた物は消えない」という感覚は、載せた場所が儲かっている間だけ成り立つ、期限つきの真実でした。記録を残すかどうかの判断を、他人の損益計算から自分の手に引き取る。それがこの記事から持ち帰れることだと思います。